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"スティーブ・ジョブスがAppleのCEOを辞任した。もう何年も前からその日が遠くない事は予想されていたのだし、彼の発言を耳にする機会も以前ほど頻繁ではなくなっていたのだけど、それでもやはり残念に思えてならない。
僕
がMacintoshを使い始めたのは1998年のことで、はじめて購入したのは、今となっては疑う余地もなくAppleの歴史の分岐点のひとつといえる
ボンダイブルーのiMacだった。CPUは233MHz。まだキャンディカラーの五色のシリーズは登場しておらず、流行に敏感な一部の若者以外にとっては
「あの中身の透けたテレビはなに?」というくらいの認知度だったように思う。
家庭用のコンピュータにMacを選択するという行為は、やは
り「理由があってわざわざ選ぶ」という感覚が強かった。僕の場合の「理由」といえば、月並みで申し訳ないけれどやはりそのデザインだった。コンピュータの
外観が透けている必要なんてないのに、なぜかうっすらと透けている。コンピュータの輪郭が丸い必要なんてないのに、どこもなだらかに縁取られている。僕は
昔から、意味のわからないもの、セオリーや常識を外れたものを好む傾向があって、そうした「どうして『たかが効率的に仕事をするための機械』が、こんなに
挑戦的なデザインなのだろう」という点に興味を覚えた。
専門的な見地からいえば、きっとその半透明の筐体にも、輪郭を形づくる特徴的な曲線にも、
実に学術的な意味合いや示唆があったはずだ。設計者の指針としても、計り知れない努力と情熱が込められていたのだと思う。けれど当時の僕には、「コン
ピュータのくせにちょっと変わった機械」という点がまず説明不要なほど魅力的だったのだ。そして後々振り返ってみれば、そのささやかだけれど揺るぎない特
徴には、Macintoshというコンピュータの本質そのものがあるように思える。
僕が地元の電気店にMacを買いに行くと、店員は
「Macintoshはお勧めしません」と言った。Windowsとソフトウェアの互換性がない、Windowsとのドキュメントのやり取りで困る、
Windowsのように十分な種類の参考書籍が発行されていない、Windowsにしか対応していない周辺機器が多い、エトセトラ。Appleは、おそら
く本国でも似た状況になりつつあるこうした販売店での冷遇を問題視して、後にオンラインストアを開設し、提携店と協力するStore-in-Storeの
体制を設け、顧客との距離を埋めるべく直営店をオープンする。僕が対面したような「Macを売る気のない」店員との対話を目にすると、そうした動きはじつ
に理にかなったものだった。僕が普通の神経の持ち主だったら、あれだけ制止されたうえでMacを購入する事はなかっただろうと思う。
もちろん、僕は親切な店員のアドバイスをすべて丁寧に無視して、はじめてのMacを購入した。それを手に入れることで何かが動きはじめる予感がしたからだ。
知
り合いに「なぜMacを買ったの?」と尋ねられると、僕は「Windowsの動くコンピュータを買う理由がなかった」と答えた。もし相手が腑に落ちない表
情をしていたら、「なぜWindowsのコンピュータを買ったの?」と尋ね返した。おおむねそれだけのシンプルなやり取りで、会話は途切れる。向こうだっ
て別に本気で知りたいわけではないのだから。
僕はいつしかHyperCardを触り、AppleScriptを学び、REALbasic
に触れ、ProjectBuilderを起動していた。目についた参考書でC言語の基礎を学び、国内では数冊しか発行されていなかった専門書で
Objective-Cを学んだ。そして自然な流れで、僕はコンピュータに向き合う日々を生業とする人生を迎えた。出来上がったばかりの新しいプログラム
を実行したその時に、境界が引かれ、スタックが積まれ、メモリが確保され、僕だけのちいさな世界が動き出す感触が好きだった。
僕の手がけた幾つか
のソフトウェアは驚くほどの反響を得て、新しいバージョンをリリースすると出版社から見本誌を送付頂いたり、どこが主語かもわからない未知の言語で感謝や
応援のメールを頂く事になった。やがて、僕の人生の一部はまぎれもなくこの画面を介して誰かと繋がっているのだと理解するに至る。ある時には、プログラマ
としての僕を早くから世間に広めてくれた方が亡くなられた。また別のある時には、ずっと尊敬してきた方々が起業されたり転職されたりと、試行錯誤される姿
も見聞きした。信じられないことに、すべての登場人物はこの画面を通して僕の人生と繋がっていた。そう、たとえばこの文章を読むあなたさえも。
あ
の頃、毎週のように倒産寸前と嘲笑されたAppleは、いつしか映画の脚本としても採用されないほどの信じられない劇的な成長と躍進を続けて、今に至る。
そしてあの頃、毎週のように友人や恋人と未来を語っていた僕は、予定調和の落雷と予想外の土砂降りとささやかな日だまりを経験して、今に至る。
今でも時折、僕はコンピュータに向かって、大切なものを思い返すように例のスピーチを読み返す。そしてMacを使い始めてからの十三年間の出来事を振り返ってみる。たとえば今日みたいな日に。"
bicoid